2018年

12月

13日

津島でら寺巡り 秋の特別公開

平成30年11月4日(日)、奇数月恒例の津島でら寺巡りは、『秋の特別公開』と銘打って各寺様々な催しが行われた。

大珠山 龍渕寺(津島市瑞穂町1-8)

可愛らしい御影仏御朱印で大評判の御住職の筆による、津島でら寺巡り限定御朱印(書き置き対応)が授与された。

 

九品山 蓮台寺(津島市弥生町6)

境内で開かれるマルシェ『きまぐれ市』が、久々に復活。

生憎の空模様で、いち時は本降りの雨に見舞われたものの、客足が途絶えることはなかった。

 

牛頭山 宝寿院(津島市神明町2)

寺宝の特別公開が行われた。

宥貴副住職「津島市の指定文化財になっている『神仏分離顛末記』によると、明治時代に宝寿院の住職をされていた宥三(ゆうさん)さんは大分苦労されたようですね。読んでみると、「相当腹に据えかねとるな、宥三さんは」って感じです(笑)」

 

青龍山 吉祥寺(津島市中野町7)

こちらの写仏は、色鉛筆を使った写仏ぬり絵も体験できた。

閑かに御仏を写した後は、身体にも心にも滋味たっぷりの薬膳粥が振舞われた。

 

帝護山 照蓮坊(津島市宝町20)

お箏と三線、龍笛によるライブの後、特別公開されている掛け軸の解説が行われた。

御住職「親鸞聖人(しんらんしょうにん)がどういう風な人生を歩んで、どういう風な布教をしてきたのか、それを描いたのがこの四幅の掛け軸で、『御絵伝』といいます。親鸞聖人、最期は90歳で亡くなるんですけど、歩んできた道は決して平坦なものではなく、優雅なものでもない……常に苦難の連続だったんです」

 

牛玉山 観音寺(津島市天王通り6-43)

うでわ念珠づくりと、出張所ではシルクスクリーンのワークショップが開催された。

シルクスクリーンはお手紙雑貨屋『calm』(カーム:津島市天王通り4?12)協力により、津島でら寺巡りオリジナルトートバッグの作製を体験することができた。

 

亀伯山 大龍寺(津島市北町113)

 

本堂の十王像が、特別公開された。

御住職「津島市の北町の交差点に小さなお堂がありまして、そこに十王像が祀られていて、別名『閻魔堂』ともいいました。道路の拡張で、こちらにお預かりすることになったんです。謂れが何も無く詳しいことは分からないんですが、昔は町の外れにお堂があってそこに祀られていたそうで……町の入り口、北町の北口の守り神だったんでしょうね」

 

次回の『津島でら寺巡り』は、平成31年1月6日(日)開催を予定している。

平成最後のお正月も、津島のお寺さんは皆様のお越しを待っている。

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2018年

11月

11日

宝泉寺の法話と絵つき御朱印

第2回 【津島てら・まち御縁結び】より、もう1か寺ご紹介したい。

宝泉寺は浄土宗西山禅林寺派、500年の歴史をもつ古刹である。山門をくぐると樹齢400年の大楠がシンボルのように境内に枝を伸ばしている。この日は伊藤信道住職による「しあわせ」についての法話と副住職による絵つき御朱印の授与が行われた。

「ここは宝泉寺といいます。漢字で書きますと宝が泉のように湧いてくるお寺なんですけれども、残念ながら宝はございません(笑) ただ、境内には樹齢400年を超える楠があります。正確な樹齢は私共も分かりませんが、県のほうから樹木医さんが10年に1回いらして診断をしてくださいます。その方によると年輪を実際に数えてみないと正確なことはわからないそうですが、数年前に枝を切った際に、その枝が年輪180年を数えましたのでざっと400年かもう少し経っているかと思われます。」

「ある、インターネット上のアンケートで日本中の方を対象に愛知県といったら何を連想するかというアンケートがありました。皆さんは何だと思いますか?

 

…お寺が多い?あ、それは(10位以内に)入ってなかったですね。…トヨタ…はい、それは1位でした。では2位からは?

5位 名古屋城 9位 ひつまぶし …実は10位以内の7つが食べ物です。2位 味噌カツ 6位 味噌煮込み 3位 ういろう 4位 きしめん 7位 ドラゴンズ 8位 名古屋コーチン 10位 天むす」

 

愛知県民が思うランキングと少しちがいませんか?しかし、全国的なイメージではこうなんですね。」

 

「さて、次は何のランキングかあててくださいね。

1位 顔がいい 2位 背が高い 3位 家柄が良い 4位 若く見える 5位 スタイルが良い

6位 声がかわいい(かっこいい) 7位 スタイルが良い 8位 友達が多い 9位 大手企業に就てめている 10位 まめに連絡をくれる

 

はい、結婚の条件ですね。ただし、結婚してみて必要のなかった条件だそうです。

このように思い込みやイメージは必ずしも当たっているとは言えない場合がありますね。」

 

 

ご住職の軽妙な語り口に皆が引き込まれていく。

「さて、今日の本題です。『幸福とは、縁ある人々との人間関係を噛みしめて、それを深く味わうところに生ずる感謝の念に他なるまい』

森信三(半田市出身の哲学者)の言葉の引用で、私はこれが一番しっくりくる言葉だと思うのですが、しあわせとはありがとうの気持ちを持てることかと思います。」

 

ある宝石チェーン店の社長さんがいらっしゃるのですが、途中からお坊さんになったんです。その方は1日に100万遍お経を唱えることを課されました。

その方は今は宝石店は他の人にゆずって完全にお坊さんとして生活されています。

彼は今はありがとう1日100回運動というのをされています。

 

皆さん、今日はありがとう、と言いましたか?もしかしたらまだ1回も言ってない方もいるかもしれませんね。

日本人はなかなかありがとうという言葉を口に出せないようです。

しかし「ありがとう」と言葉に出すと相手に気持ちが伝わるし、自分も幸せな気持ちになります。

これからどうしたら「ありがとう」という言葉が言えるのかをお話ししていきたいと思います。

 

なぞかけで有名な一休さんの逸話に「へそ曲がりの松」というのがあります。かなり曲がりくねった松で、一休さんはこれをまっすぐに見ることができるものはいないかと問う。

皆があらゆる方向から見てみるのですがどこから見ても曲がりくねっている。

それである人が『これはそうとうへそ曲がりの松だな』とつぶやくと、一休さんは「それがまっすぐに見るということです」とおっしゃられた。つまり、ありのままを認め、受け入れることが大事ということなんですね。

 

ありのままの自分を認め、受け入れることで人へも素直に感謝の言葉を言えるようになるのではないかと思います。

「宝泉寺は京都のもみじが有名な永観堂が本山になります。横にポスターが貼ってありますが、ここの阿弥陀様は変わったお姿をしております。見返りの阿弥陀様といいまして左90度をむいています。お寺の正式な名前は禅林寺というんですけれども、通称永観堂といいます。

余談ですが南隣は有名な南禅寺です。実は昔、禅林寺の南の土地を分けてもらって建てたのが南禅寺で、禅林寺の南ということで、この名がついたそうです。

さて、名前の由来になった永観というお坊様が今から約900年前に禅林寺の住職になられて、その方が2月15日の明け方に一人で本堂でお念仏をしながらぐるぐると回る行をしておられた。ところがつい、うとうと、とされてしまった。その歩みが止まった時に「永観、遅いぞ」という声が聞こえたので目を開けてみると仏さまが目の前に立っておられたとのこと。その姿が尊いとのことでご本尊は横を向いたお姿になっております。

 

これをご覧になったお坊様の言葉ですが「まゆみの法則」というのがあります。

 

相手のことを「待つ 許す 認める」これを心がけることが大事であると。

この後も

・感動したらそれを表現する。感謝したら言葉に出す

・人間思い通りにならないのが普通

・恨まない 憎まない

・宿運を知る

・目の前に宝物はある

・今が一番幸せ

 

という心構えを、長年のお檀家さんとのお付き合いなど僧侶としての経験を交えながら説いてくださった。

法話終了後は、始まる前にお預けしていた御朱印帳を受け取る。この日はご朱印帳を持参した方のみ希望により直筆御朱印の授与を受けることができた。副住職手ずからのかわいらしいお地蔵様の御朱印がいただけた。

 

宝泉寺本堂は来年度には再建工事にはいるとのこと。是非一度お参りに訪れていただきたい

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2018年

11月

10日

照蓮坊の邦楽演奏 

第2回 津島てら・まち御縁結び

2018年9月29日(土)、津島市によりの【津島てら・まち御縁結び】第2回が開催された。

これは名古屋外国語大学(愛知県日進市)の学生による調査により東海三県の全市町村の中で、津島市の寺密度が最も高いという結果を記念して7月に開催され好評だったものを受けて、第2回が企画されたそう。

 

龍笛奏者であるご住職も演奏に加わり、本堂で邦楽演奏を聴くという貴重な機会がもうけられた。

まずは「青海波」

 

日本の伝統文様をモチーフに作られた曲とのこと。

「箏は、演奏する曲に合わせて糸を張る柱を移動させて弦の長さを変えることによって調弦を変え、いろいろな曲が奏でられるのです。」

 

楽器や曲の解説を交えながらの演奏会は敷居の高そうな伝統芸能を親しみやすいものにしてくれる。

「雅楽というと神社のイメージが強いかと思いますが、実はお寺でもよく奏でられることがあります。もともと中国から大陸、朝鮮半島を通って日本に伝わったのはお寺、仏教にまず伝わったそうです。そこから、神社などに伝わり全国に広がっていったそうです。有名なところですと宮内庁の雅楽ですね。来年の新天皇即位の際には、その時にしか聴けない曲というのが演奏されるそうです。来年の5月、聴く機会があれば聴いてみてください。

 

 

他にも早春、越天楽など、題名を聞いてもピンとこなくても、節を聞けば誰もが聞き覚えのある曲を中心に奏でられた。

 

「越天楽は皆様に一番なじみのある曲かと思います。神社でよく奏でられており、お祝い事の際に奏される曲です。この越天楽に歌詞をつけたものが黒田節です。♪酒は飲め飲め~♪というお酒を飲む歌です()。少し晴れやかな印象を受ける曲かと思います。」

最後は「ふるさと」を参加者も一緒に唱和して演奏会を終えた。

 

奇数月第一日曜定期開催の「津島でら寺巡り」をはじめ今後もこのような機会が設けられるそう。ぜひ予定をチェックしてご参加いただきたい。

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2018年

10月

23日

宝寿院の満月瞑想

9月24日(月 祝)、牛頭山 宝寿院(津島市神明町)の【満月瞑想会】を体験した。

 

「お寺さんは坐禅をやるというイメージをお持ちの方も多いと思うんですけど、坐禅を行うのは日本の仏教の中でも禅宗だけなんです。私たちは真言宗に属しておりまして、高野山とか、四国の八十八箇所のお参り、犬山の成田山、大須観音などが私たちと同じ宗派です。

 今から1200年ほど前に日本仏教の礎を築かれた弘法大師・空海様が、中国に留学されて学ばれたのが、この真言密教なんです。皆さんが体験していただくのは【月輪観】(がちりんかん)と言いますが、この瞑想方法も空海さんが中国から持ってこられたものの一部なんですね。

 私たちもまだまだ修行が行き届いておりませんので、皆さんに体験していただくのは瞑想法の導入部分ではありますけれども、それでも充分心のための良い修行になります。今日覚えたことは、是非ぜひお家でも実践なさってください」

 

講師は、温かい筆致の仏画でお馴染みの、落合宥貴副住職だ。

 

真言宗は、御存じ弘法大師 空海上人が遣の高僧・恵果和尚から直伝された密教。

“密”教という言葉の通り教義の全てを公にする宗派ではない真言密教だが、数多い(秘法なので窺い知ることはできないが)瞑想法の中でも公開されているものの一つが、この月輪観瞑想という訳だ。

 

「心は多少の緊張感を持っていただくと良いと思うんですけど、体はリラックスしてください。最初に体操から始めてまいりましょう。瞑想に入る前に、まず体の色々なものの流れを良くしていきます」

 

座布団の上で正座して合掌し、背筋を伸ばしてゆっくりと呼吸する。

額を床に着ける、足の側面に沿って手を伸ばす、掌を上方から体の前面に沿わせながら下ろす、すべての動作はゆったりとした呼吸を意識して行われる。

 

「最後に行った所作は、瞑想から出ていく時にもやっていただきますので、よく覚えておいてください」

体操の後、塗香(ずこう)の作法を教わる。

 

「右手で左手の薬指の付け根に塗香を置き、指から手、腕から体へと馴染ませてください。指にもそれぞれ意味がありまして、薬指は水を表します。イメージが重要です。皆さんは水に粉を置くことで、富士山麓の湧き水のような綺麗な水が湧き出ているようなイメージを凝らして、心と体を清めていただきたいと思います」

 

一同で読経すると、瞑想の準備に入る。

般若心経を詠唱すると、堂内の空気が更に一層澄み渡ったように感じた。

 

「本堂の仏様にお参りをしていただくんですが、皆さんが普段お参りしていただく時の合掌だけではなく、今日は五体投地三礼(ごたいとうちさんらい)という正式なお参りの仕方を行います」

 

起立し合掌した後、右の膝、左の膝の順で地面に着ける。そして、右肘、左肘を地面に着け、額と掌も地に着ける。掌を上に返し、中指を少し上げる。上げた中指には、仏様の御足があるような心持にする。

この所作を三回繰り返すと、『五体投地三礼』となる。

 

「板に描かれた円をお月様だとイメージして、瞑想に使っていただきます。

 座布団を三角形にして、直角の部分にお尻を乗せます。足の組み方は胡坐(あぐら)でも結構なんですが、正式には半跏坐(はんかざ)と言いまして、胡坐みたいなところから右の腿の上に左の脚を乗せる形です。

 手は、右の手の下に左手を置き、親指を付けます。

 背筋が曲がらないように、上から吊るされているような感覚を意識してください。そうしましたら、どちらの回りでも良いですので、自分の体を大きく揺らしてみてください。段々振り幅を細かくしていき、最後には吊り上げられるようなところで落ち着けて、体を整えていきます」

 

呼吸を整えていく。

 

「ゆっくり、ゆっくり、鼻から吸って、口から吐くようにしてください。自分のペースで良いですから、ゆっくり、深い深い深呼吸を繰り返してください。自分の体の中の悪いものを出して、綺麗な空気を体の中に取り入れて……そんなイメージで。体を折り曲げて、吐き切っていただいても結構です。」

 

照明が蝋燭の炎だけとなると、いよいよ瞑想に入る。

 

「ゆっくり、薄く目を開けてください。半眼といって、目が半分開くような感じです。皆さんの目の前には、丸いお月様があります。この丸い形を良く覚えたら、また目を軽く閉じてください。今観た丸いお月様を、今度は瞼の裏に写します」

 

「その丸いお月様を、今度は自分の体の中に取り込んでいきます。瞼の裏に写した丸いお月様を、まずは頭の天辺に移します。それから、目を通って、鼻を通って、口を通って、喉を通って、胸の真ん中まで移してください。胸の中でサッカーボールくらいに収まるような、そんなイメージを凝らしていただきたいと思います」

 

「お月様を胸の中に取り込みましたら、今度は皆さんが想像する一番綺麗なお月様をイメージしてください。今日はちょっと曇ってるかもしれないですが、秋の澄んだ空にはっきりと浮かぶようなお月様、想像する一番綺麗なお月様が、皆さんの胸の中にあります。しばらく、胸の中でお月見を楽しんでいただきたいと思います」

 

「今度は、皆さんの体がすっぽり収まるくらいの大きさまで、お月様を広げていただきたいと思います。円盤状のお月様、水晶玉のようなお月様、自分がしっくり来るお月様を想像していただいて、そのお月様が自分の体を覆うくらいに広げていってください。

 広げていただきましたら、光り輝くお月様の光の中に、自分の体ごと溶け込ませてください。自分の姿かたちがお月様の光の中に溶け込んでいく、お月様と一体となっている、そんなイメージで。

 そして、呼吸だけを意識してください」

 

「これから月輪観で皆さんにやっていただくことを説明します。この後時間を取りますので、皆さんご自分のペースでやっていただきたいと思います」

 

「まず、自分のお月様を、どんどんどんどん広げていきます。

 自分の体をすっぽり覆うようなお月様をどんどん広げて……

 この本堂まで広げて……

 津島神社まで広げて……

 津島市内まで広げて……

 日本を、地球を、月を取り込んで、太陽系……

 どんどん自分が想像しうる一番遠くまで、お月様を広げていきます。宇宙の彼方まで、光り輝くお月様で一杯にしてください」

 

「途中、私が鐘を鳴らします。そうしたら、広げたお月様を、反対にどんどん縮めていきます。

 太陽系から……

 地球……

 日本……

 どんどんどんどん縮めて、また自分をすっぽり覆うくらいの大きさまで戻してください。

 それから、ゆっくりゆっくり自分の体をお月様から浮かび上がらせて、お月様を胸の中に、サッカーボールくらいの大きさに戻す……

 そこまでを、やっていただきたいと思います」

 

実際に体験してみると、月を広げるイメージを浮かべるのが大変だったが、それ以上に広げた月を縮ませるのが大変だった。

機会があれば、また是非とも参加してみたいと思う。

 

「中秋の名月ですし、外で体験していただくことも考えたんですが……蚊が凄くて、断念しました」

 

副住職は、そういって笑った。

 

寺院にご縁を結ぶと、お寺の印象が変わる。

現代にも通じる教えに触れる、弘法大師への念が変わる。

月輪に心身をうつし、月の眺めが変わる。

 

だが、寺も、大師も、月も、何一つ変わらない。

変わったのは唯一つ、己の心の在り様だ。

 

月輪瞑想はほぼ毎月開催されており、11月は21日(水)19時からの予定とのこと。

 

また、写経・写仏会なども定期的に開催されており、11月4日の「津島でら寺巡り」では合わせて寺宝の特別公開が行われる。足を運んでみていただきたい。

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2018年

9月

12日

津島でら寺巡りと宵の灯籠巡り

9/2、津島でら寺巡りでは7月の好評を受けて、初の年2回開催となる『宵の灯籠巡り』が行われた

九品山蓮台寺(津島市弥生町6)

徐々に暮れていく中、ろうそくの灯りがいっそう際立っていく。

青龍山吉祥寺(津島市中野町7)

帝護山照蓮坊(津島市宝町20)

 

午玉山観音寺(津島市天王通り6-43)

大珠山龍渕寺(津島市瑞穂町1-8)

牛頭山宝寿院(津島市神明町2)

7月に続き、6か寺を巡ってスタンプを集めた方に限定で寄せ書き御朱印の授与がなされた。

 

来年夏の開催まで、あまりに待ち遠しい……と、嬉しい声をたくさん頂いた、九月の宵灯籠。皆様の声にお応えできるよう、でら寺巡りでは今後も様々な企画を構想中。ご期待ください。

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2018年

8月

29日

西方寺の地獄絵図

「橋詰十王尊像」で有名な西方寺(岳翁山(かくおうざん)往生院/津島市天王通り四丁目23)には、十王尊に因んで元禄13(1700)年に作られた掛け軸があり、お盆時期だけ一般公開される――。

 

前回十王尊のお話を伺った時(http://tsushima-deratera.jimdo.com/2018/07/01/西方寺の十王さん/)、安部真誠住職にそう聞いた私たちは、盂蘭盆が来るや否や西方寺を訪ねた。

先ずは、本当にお忙しい中お時間を割いてくださった御住職に、心より感謝を。

 

住職 ちょうど去年、修復したんです。作られたのが元禄年間ですから、300年以上が経っています。100年に1度くらいの割で修復しているので、3度目の修復が終わったばかりということになります。それなりのところに出すと凄く高いんですけど、たまたまご紹介いただいて、1本直すくらいの金額で4幅ともやってくださったんです。

 

住職 ボロッと剥がれちゃってるところもあるんですけど……同じ色が出せないので、補色はしてないです。掛け軸は紙製なので、強いものではないんですけど……過去の天然の色料を使っていますので、色褪せは少ないんですよね。もっとも、年に一度しか出してないので、痛みは少ない方なんでしょうけど。

 

住職 十王さんは、一番から順に並んでいます。上に小さく描かれた仏様が、「本地」といって、本来のお姿だとされています。元々十王さんは儒教や道教の影響が大きいので、冠や着ている物も中国風の特徴がありますね。

 

記者 よく見たら、凄く残酷ですね。

住職 それでも、第一から第五までの方が、まだライトですよ(笑)。子どもの頃は、怖かったですけどね。地獄の苦しみというのは、何百回、何千回、何万回と、殺されては生き返り、殺されては生き返り……ずっと繰り返すというのが、この絵なんですよね。普通だと死んでしまうんですけど、一回死んでるからそれ以上死なないので、ただ苦しみだけを与えているのが地獄なんですよね。

 

住職 これが、脱衣婆さんですね。左にいるのは旦那さんともいわれている懸衣翁(けんねおう)です。脱がせた衣類を枝に懸けて、枝がしなる重さによって価値を調べる訳ですよね。

Q. 脱衣婆の旦那さんは、閻魔大王様という話もありますよね?

住職 その説もあります。脱衣婆さんは人気があるんですね(笑)。

 

住職 閻魔大王の傍には、必ず浄瑠璃の鏡があります。鏡の前に引き出されたら、生前の悪いことをしたのが映っちゃうんです。

 

住職 何故かしら、お地蔵さんが真ん中に描かれているんです。六道輪廻の地蔵尊とか、六地蔵とか……お地蔵さんは6体が一つのセットになることが多いんです。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天という6つの世界を走りまわらなければならないということで、6体に分身するんですね。あちこちに行って救済をするのが、お地蔵さんの役目なんです。それで描かれてるんだと思いますけど……えらい小さく描かれてますよね(笑)。閻魔さんの本地はお地蔵様ですから、何故か上にも下にも描かれていることになります。

 

住職 これは多分、煙なんでしょうね。「業川(ごうかわ)」という熱湯で息が出来ないくらい臭い川があるそうですので、臭いを表現してるんじゃないかと思うんです。

 

Q. この鼠は何でしょうね?

住職 ……何でしょう(笑)?涅槃図には、色んな動物が描かれていますけどね。遊び心でしょうか……良く気付かれましたね。

 

住職 どうです……第六からの軸の方が、地獄の責め苦もハードでしょう?火焔地獄に、血の池地獄……でも、亡者たちは死なないですからね。この舌を抜かれるところは、閻魔さんの前に描かれることが多いんですけどね。

 

記者 これは、岩に押し潰されているんでしょうか?

住職 いや……氷ではないかと思います。

 

住職 これは、まさに「火の車」なんでしょうね(笑)。

 

住職 こういうものを子どもに見せて、「悪いことをしちゃいかんよ」と人間が持って生まれた良心に訴えかけるだけでなく、「悪いことをするとこういう目に遭うよ」という戒めのものなんですよね。この絵には、子どもは描かれてないんです。子どもというと、賽の河原でお地蔵さんに守られていくのかと思うんですけど、この世界は大人ばっかりなんですよ。その辺りの詳しい事情は、私にも分からないんですが……この絵が描かれた時代、子どもさんは凄くたくさん亡くなられています。昔ですから、今なら普通に助かられる方でも死んでしまいますし、過去帳を読みあげると、一歳に満たないような生まれてすぐ亡くなった方がたくさん載っています。

 

住職 地獄では、どうしようもない人は永遠に這い上がれないんですけど……初七日に第一の秦広王、五七日(35日)に第五の閻魔王と続いて、七七日(49日)の泰山王で大方決まって、百か日の平等王に多少救済してもらって、最後の三回忌に五道転輪王から「勘弁してやるから、人間界に戻って来い」と、優しいお裁きを受ける人が多いみたいです。人間界は、極楽にも、地獄にも、どっちにも通じるということですね。この何十億という人々が暮らす地球上で少しでも幸福に生きていく為に、それぞれ助け合って自分勝手な行動を慎んで生きていくのが、人間として大切なことです。この絵を通じて、そんなことを思っていただきたいですね。

 

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2018年

8月

25日

吉祥寺の九万九千日参り

古来から、89日に観音様にお参りすると九万九千日の功徳があり、幸せをもたらすといわれている。 

89日、吉祥寺にて「九万九千日参り」が行われた。

 

灯明料を供えたらろうそくをいただき、願いごとを書いて観音様の火をいただく。 

ろうそくを竹灯籠に献灯したら、火が消えないうちに般若心経を唱える。

 

夕刻の、緑に囲まれたお堂でろうそくの灯りの中の読経はなぜか心が落ち着く。

 

読経が終わったら明日葉DOJOへ移動しお手製のお斎(とき)をいただく。本堂の改修も手掛けた米国人建築士ジェフリー氏の設計による道場は和と洋が融合された格別な空間。新しい空間の中に並べられた歴史ある調度品が、計算されたかのように「新」と「旧」をつないでひとつの空間を作り上げている。

終わったところで吉祥寺の留守をお守りされている羽場さんに今日のお参りについて聞いてみた。

 

「九万九千日を365日でわると約270年分になるんです。1代の功徳では終わらないので、つまり他人のために参るということなのかと。」

 

「かつては経済的に恵まれない女性たちが朝までお参りの列を作ったと伝え聞いております。家に帰りたくても帰れない、つらいお勤めをしなくてはいけなかった方たちの心の拠り所だったのではないかと。200年前の女性たちと同じ場所で同じ仏様にお参りをしていると思うと感慨深いものがありますね。」

 

 

※本堂は築200年。平成の大修復を終え、今も建立当時の姿を残す。

本堂中央は阿弥陀如来、向かって左に三十三観音が祀られている。しかし御本尊は本堂の外のお堂のなかの不動明王である。

往年から続く信仰の片鱗が今でも残る貴重な寺院。

場所など詳細は下記。

http://www.kissyouji.jp/rekishi.html

なお、寺院行事のほか、偶数月第1日曜日の「津島でら寺巡り」には門戸を開いていただいている。

是非お参りに訪れていただきたい。

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2018年

8月

14日

西光寺の水落地蔵菩薩像

去る7月15日、津島市主催「津島てら・まち御縁結び」の一環として西光寺にて、修復を終えた愛知県指定文化財地蔵菩薩像の公開と解説がなされました。その様子をお送りします。

解説は西光寺住職伊藤千秋様です。

こちらの西光寺ですけれども1545年、足利時代に京都市左京区にあります浄土宗大本山百万遍知恩寺の塔頭として創建されました。

しかしながら1660年、江戸時代初期に知恩寺の大火災で堂部を焼失し、その後幾度かの移転の際、一時期水落地蔵を御本尊とする水落寺と合体をしていたようですが、その後、明治の初めにはお寺は無住となって長い間この地蔵菩薩立像は京都国立博物館に寄託されておりました。

 

その後明治32年この廃頽していた由緒ある西光寺の寺籍はご本尊の阿弥陀如来と水落地蔵菩薩像とともにこちら津島に移ることが許されました。

水落地蔵菩薩の名は近くで小川が堰を作りそこから水が流れ落ちていたことに由来するようです。

この水落地蔵菩薩立像は愛知県と津島市のご支援を得て平成26年から1年をかけ、解体修理が行われ、仏像製作当初の色彩と文様を取戻し、このたび国の重要文化財に指定されました。

 

以前に行われましたX線の調査で、すでに存在が分かっておりました仏像の体内に収められた納入品につきましては、解体時に全て取り出され、現在は空の状態になっております。

この地蔵菩薩像は高さ160cmの、ひばの寄木作りで右足をわずかに前に出して立っております。

仏像が作られました時期は今から800年以上前の鎌倉時代初期、1187年から93年とされております。

これはちょうど源頼朝が鎌倉幕府を開いた年と重なります。

像様の特徴といたしましてはおおかたの地蔵菩薩像は右手に錫杖、左手に宝珠を持っておりますが、こちらの菩薩像は大変珍しく、両の手を胸の前でまき、ひらを仰ぐ姿をしております。

この特徴をもちますのは国の重要文化財である京都六波羅蜜寺の鬘掛(かつらかけ)地蔵菩薩立像と、この水落地蔵菩薩像の、全国で2体しかないと言われています。きわめて貴重な形をなした仏像でございます。

柄香炉を持っていたかもしれないという推測が成り立つようです。

 

この仏像は東大寺南大門の国宝金剛力士像が運慶、快慶らの慶派の手で製作されたのと同じころの運慶周辺の仏師の手になるもと言われております。

この慶派とは平安時代後期から鎌倉時代にかけての仏師の集団の一派で、当時は奈良を拠点とした慶派を初め、京都を中心に院派、円派、この3派が主流だったようです。

 

 

仏像表面の仕上げの色彩と文様につきましても、身体部分はクリーム色の肉色、着物にあたります納衣(のうえ)の表は黄色、裏は緑青色、袈裟である覆肩衣(ふくけんえ)と腰巻のような裾(くん)は薄茶色、と、鮮やかな色彩が施されております。

その上から精密な切金紋様が描かれております。

また、X線透過写真でしか計り知ることが出来なかった仏像内の納入品につきましては、多数の経典を始め、毛髪、焼かれた骨、めのう、小さな泥造りの地蔵菩薩座像など貴重な資料となるものが数多く納まっておりました。

その中でも、特に貴重な記録として注目されておりますのが、地蔵菩薩印仏です。こちらに地蔵菩薩印仏のお写真の方も展示してございます。

この地蔵菩薩印仏とは地蔵菩薩像の木版スタンプを作りまして、それを、半紙に多数押印して冊子状に綴じたもので、これを使って仏像製作の寄付金を募ったようです。

 

浄財を寄進した人の名前、いわゆる結縁者名をその木版スタンプの裏に墨書きして、そのように集められた紙を紙縒りで2か所留めにし、冊子状に綴じたものが体内から多数見つかっております。

この水落地蔵菩薩像の製作にあたっては、広範囲の結縁活動があったようで、上は貴族などの上流階級から下は農民などの一般庶民まで日本全国に地蔵菩薩印仏を用いて浄財の寄付を集める、いわゆる勧進をしたとみられます。

具体的に勧進が実施された地域は大和の国を始め、摂津、河内、和泉などの畿内、紀伊の国、また、信濃や飛騨などの東山道、若狭、越前、能登方面の北陸道、伊賀、伊勢の尾張方面、および駿河、相模、武蔵、下総、甲斐、常陸の国の東海道、と、主に近畿地方から東の地域において周到な準備を踏まえての勧進が実施されたようです。

 結縁者は概算で4000人にも及ぶそうです。勧進場所は主に荘園、宿場、村落、寺や神社であったようです。

 

 

また、水落地蔵菩薩像の脇の毘沙門天王像も鎌倉時代の作であることが分かっております。

不動明王像は時代が新しく、江戸時代のものと伝わっております。

 

 

以上、このたびの修理事業にご尽力をいただきました和歌山県立博物館伊東史朗館長の論文の中から抜粋引用してご説明をさせていただきました。

この日は、今回新たに判明した内容の概要を中心にご案内していただきました。

 

 なお、これら仏像内にありました納入品101点は現在全て名古屋市博物館に寄託されているそうです。

ただし、一般公開はされていないとのこと。

4月には東京国立博物館で公開される機会があったそうです。再びお披露目の機会があるかもしれませんね。

 

津島の歴史もうかがえる、貴重な機会でした。次の公開がまたれます。

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2018年

8月

13日

氷室家の菩提所・常楽寺

補陀山 常楽寺(津島市天王通り5丁目10)、宗派は曹洞宗。

元中9(1392)年の創建と伝えられる古刹で、代々尾張国津島牛頭天王社(津島神社)神主を務めた氷室家の菩提寺として有名だ。

 

 

「特に歌人でもあった氷室長翁の墓は、津島市指定文化財になっています。正面向かって右の、五輪塔式の墓石が、長翁のお墓です」

 住職は、そう説明された。(指定日:昭和42年9月16日)

 

 

氷室長翁は、天明4(1784)年生まれ。

津島牛頭天王社神主であり、桂園派門下の歌人。

義子・泰長に神職を譲るまでは豊長(とよなが/とよおさ)を名乗り、隠居して長翁(ながとし)と号した。

また、椿園という歌号も持つ。

「さくらはな咲てちるまの暫時はうきよ也けりみよしのゝ山」

という名歌を遺している。

「文久3(1863)年没、とありますね」

御住職は、過去帳を紐解いてくれた。

 

 

本尊は、如意輪観音坐像

 

 

千手観世音菩薩立像と、三十三観音像

 

 

尾張西国二十一番札所の扁額

 

 

御本尊の奥、開山堂には名僧が祀られている。

中央は常楽寺初代の太初継覚和尚、向かって右手は道元禅師(高祖)で、左手は瑩山禅師(太祖)。

御住職は「曹洞宗にとって、生みの親と、育ての親」とお話しされた。

 

 

「先代の住職、私の父親は絵心があって、色々な仏画を描き遺したんですよ」

 

 

「捐舘」は男性、「掩粧」は女性。それぞれ高貴な身分の方の墓銘として刻まれる言葉だそう。

「捐舘」とは、屋敷を捨て去る。

「掩粧」とは、化粧をやめる。との意だという。

 

 

常楽寺は、『津島霊場巡り』の霊場寺院の一つなので、津島を訪ねる際は、寄ってみては如何だろう。

 

 

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2018年

8月

10日

照蓮坊 ドローン撮影

浄土真宗本願寺派 帝護山照蓮坊

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